



1968年の浅草。口を結ぶ少女の眼差しと、宙に舞う神輿の喧噪――そのコントラストを、私はシャッターの中に収めた。お下がりのお古機材で…・
この頃になると、鉄道好きの友人に引きずられる撮影にも少し飽きがきて、私の視線は車両そのものよりも背後に広がる街や人へと移っていった。
一枚目は、雷門前を横切る都電。意図的に車両はぶらして、背後の山門や群衆に焦点を合わせている。鉄道趣味から街並みへと関心が移っていった、その変化が写し込まれている。
二枚目は、銀座線の古い車両。開業当時から走っていたものだが、私の目を引いたのは鉄ではなく、窓辺に座る少女の表情だった。金属のリベットよりも、ふとした人間の眼差しのほうが強く残った。
三枚目は子供神輿の前に立つ小学生の少女。口を固く結び、たくましい表情を見せている。顔立ちは幼さを残しながら、骨盤回りをみると立派に大きく体つきにはすでに大人びた輪郭が宿っている。それは現代のアスパラガスのような体型とは異なる。当時の下町では二十歳を過ぎたら嫁ぎ、母になるのが自然な流れだった。そんな時代の「生活の力強さ」が、この少女の姿勢に凝縮されている。私の好きな写真のひとつだ。
四枚目は、浅草寺本堂前で神輿が差し上げられる場面。人波をかき分け、お下がりの機材で標準レンズ一本でここまで迫ったのは我ながら頑張った。
これらは5月の浅草・三社祭の記録だ。町中を神輿が練り歩き、夕刻になると三社様から大きな神輿が現れる。その年は、拝殿の前に小柄な川端康成の姿があったことも忘れがたい。
ちなみに「浅草寺」を私は「あさくさでら」と読んで、群馬出身者に笑われた。あれも祭とともに記憶のひとつである。
(使用機材:Canon 6L・50mm F1.4・ネオパンSS)